D-迷宮島

 水平線が燃えていた。月のない仄暗い夜空に明けの兆しはない。
 東部辺境区の果ての浜辺に、松明やランプを手にした人々が集い、波打ち際に上がる大小様々な品を半狂乱になってかき集めていた。
 木片や破損した木箱を伴って漂着するのは、帆布や真鍮の部品に加え、金糸の刺繍がされた天鵞絨(ビロード)のドレスや上等な衣類、絢爛な武具や火器、金貨や宝飾品の類――奪い合いの怒号が飛び交う。
 海は人を村単位で呑み込む大津波や奇怪な海洋生物ばかりでなく、時に思いがけない幸をもたらすことがある。難破船からの漂流物はその最たる例である。釘の一本でも釣針への転用が利くのだから、貧しい漁村の民が血眼になって波間を漁るのも無理はない。
 夜半、貴族の戦艦が沖合いで海上戦を繰り広げたのだろう。誰がどういった経緯で一戦を交えたのかは不明である。勝者があったのかも。判明しているのは、彼らが木造の帆船と大砲を用いた古典的な戦闘に徹したこと、そして炎上した船があったことだけである。大破した船から海へと放出された積載物は、海流によってここミノの浜へと運ばれ、我先にと海へ飛び込んだ村人が掴み取りを始める騒動となったのだ。
 おまえも集めなさい、と、海岸沿いの家から裸足で浜に下りてきた少女に両親が言った。少女は眠い目を擦りながら頷いて、水際にわだかまる衣服らしい織地に手を伸ばした。濡れた塊を拾い上げかけて放棄し、そのまま硬直する。
 娘の行動を見兼ねた母親が叱咤するために近づき、漂着物を見下ろした。すぐに衣服には中身があることに気づいて、悲鳴を上げながら海面に尻餅をつく――貴族だ!
 少女は父親に抱き抱えられて速やかに海から遠ざけられた。腰の抜けた母親も担ぎ出されてから、屈強な男たちが銛や杭を手に問題の漂着物に近づいていった。

 気がつくと、少女は夜明け前の浜辺に一人で佇んでいた。
 村人の狂乱の熱は、冷たい潮風が運び去ったのだろう。焼けて沈没してしまったのか、それとも流されてしまったのか、黎明の気配に包まれた海原は、空と交わる彼方まで平静の水面を湛えている。海鳥の鳴き声さえ聞こえぬ静寂に、波音だけが打ち寄せる。
 引き潮の砂浜の一角に、長柄の銛が突き立ったまま放置されていた。墓標のようなそこへ少女は歩み寄り、打ち止められた衣服を見下ろした。波に洗われた袖が風になびいている。
 ごめんなさい、と、口をついて出た――残酷なことを。辺境区に生を受けた者ならば、幼い頃から貴族が何者であるかを教えられて育ったはずだ。なぜ人々に忌み嫌われるのかを。
 それなのに少女は、灰となって滅び去った者へ頬を伝う涙を手向けた。
 「――十年後、再び海の燃える夜が訪れる」
 不意に現れた気配と声に驚いて、少女は肩越しに振り向いた。
 「その時、ここに一人の男が流されてくる――誠意を尽くすがいい」
 目を凝らしても影としか見えぬその姿は、夜の名残の中に立っていたのだろう。その双眸が赤く輝く訳を求めて見渡した海に朝焼けの色はなく、振り返るとすでにその姿はなかった。
 少女は袖口で涙を拭って頷いた――記憶はそこで途切れていた。
 それは明け方に見た夢だったのかもしれない。

1.迷宮と呼ばれる島

 上弦の月の夜、凪いだ海を一隻の小舟が渡っていた。
 原動機の音がなければそこを往く旅人があると気づけないような、漆黒のコートに鍔広の旅人帽(トラベラーズ・ハット)姿の若者が、長髪に潮風を受けながら船上に佇んでいる――Dである。
 「見えたな――あれがラブルス島じゃ」
 無限の空間に星屑を散りばめた夜空と、深遠たる神秘を湛えた海とが融合する水平線の先に陸地の影を認めると、Dの腰の辺りで嗄れ声が言った。
 「防衛システムの類はない。今も昔も、来る者は拒まず去る者は追わぬ。それでもなお、あの島は〈迷宮〉と呼ばれておる。訳は言わずもがな――」
 どこか愉し気な左手の声に応える者もないまま、船は進み続けた。
 天頂に懸かる十三夜月のもと、東部辺境区の沖合に浮かぶ小さな孤島の姿が鮮明になるにつれ、海崖上に連なる瀟洒な建造物が見えてきた。一見したところでは海を望むリゾート施設、あるいは寄宿制の学園である。多くの窓に明かりが点り、そこに暮らす者たちの営為を伝えている。
 高台から続くなだらかな傾斜の裾は入り江となり、小型の灯台が島を取り囲む虚空へと光の筋を投げている。Dの操る小舟は泊地を求めて浮標(ブイ)の示す湾口へと向かった。
 防波堤の先には大型船の停泊も可能な規模の船着場が整備され、常夜灯とランタンで美しく彩られていた。片隅に停泊している連絡船らしいクルーザーを除いて船は見当たらない。小型艇用の係留場に小舟を寄せて、Dは島へと降り立った。
 桟橋の先には黒の巻きドレスに身を包んだ女性が立っていた。頭上で纏めた髪のかかる透き通るような肌、夜目にも映える朱唇――貴族である。
 「〈ラブルス養育院〉へようこそいらっしゃいまし。わたくしは院長の妻、エイラルと申します。リセプションへご案内いたします――道中、施設のご説明をさせていただきます」
 恭しく告げて、夫人は優雅に身を翻した。Dは無言のまま後について歩いた。
 波止場の先には、瑞々しい芝に覆われた庭園が広がっていた。幻想的なライトに縁取られた敷石の遊歩道が丘上へと続き、よく手入れされた樹木と花の咲き乱れる茂みが微かな海風にそよいでいる。
 歩道に足を踏み入れると、それは緩やかに滑りだし、庭園を見下ろす小高い台地へと二人を運び始めた。ほどなく夫人が切り出した。
 「当院は、エルマイヤー伯爵によって設立された人間の養育施設でございます。貴族に仕えるに相応しい人材の研究と育成を、多くの賛助者の支援を受けて長きに亘り続けてまいりました。きっとお探しの人材が見つかりますわ――美しいお客様」
 Dを振り向いた夫人は、恥らうように視線を外して言葉を沿えた。社交辞令ではあるまい。
 「当院で育った人間は、誰もが心から貴族を慕い、敬い、愛するでしょう。エルマイヤー伯爵は、人間の遺伝子に刻まれた貴族に対する恐怖や反抗心の払拭に成功いたしました。これによって精神改造や外科的処置に依らず、人が生まれ持った素質や感情のみで貴族と接することを可能としたのです。人間の本質とは――これは興味深い研究対象ですのよ」
 夫人はちらりとDを振り返って微笑んだ。
 「夫の研究に批判の声があることも、もちろん承知しております。恐怖による人間の支配、畏れ慄く人間を下知してこその貴族――もっともでございますわ。そのために、この島が襲撃を受けたことも一度や二度ではございません。けれど当院から人間を引き取られた貴族の方々からは多くの支持をいただいておりますし、院生たちもまた貴族への奉仕活動を最上の喜びとしております」
 そこへDにしか聞こえない声が揶揄した。
 「何が養育院じゃ――奴隷を調教する人間牧場に相違ない。贔屓にしたがる貴族がおるのも頷けるわ」
 左手の独り言には気づかぬまま、夫人は軽やかに続けた。
 「お望みでしたら、ご希望の容姿や才能を備えた人間を育成することもできますわ。髪の色は金(ブロンド)か、茶(ブルネット)か。碧い瞳の少年、灰色の瞳の少女。優れた歌唱能力や楽器演奏技術、飛行体の操縦スキル、妖獣を手懐け自在に操る能力、或いは石造りの竈でパンを焼く技能を習得させることも。豊かな知識や教養を身につけた淑女や、あらゆる武器の扱いに長けた戦闘士の青年まで、お客様のお気に召すように教育を施すことが可能です」
 夫人は振り向いて付け加えた。
 「血液の調整も可能ですのよ。甘い血、芳しい血、刺激的な血――どんなオーダーも承りますわ。中でお話を伺いましょう。――ラブルス養育院は、お客様を歓迎いたします」
 間もなく移動歩道が停止し、夫人は応接の間となった壮麗なホールへとDを迎えた。
 煌びやかなシャンデリアが垂れ下がる天井に、磨き抜かれた大理石の床。精緻な織りの絨毯にはステンドグラス越しの月明かりが落ち、アーチを支える柱の間には華やかな絵画、彫刻、陶磁器の数々――貴族を持て成すに相応しい空間だ。著アオイウシオ。脇に並んで控えるアンドロイドの従者だけが、金属の外装に覆われた無機質な外見を晒していた。
 ホールの一角に設けられた豪奢なソファを勧めて、夫人は斜向かいの席に掛けた。
 「夫に代わって、わたくしがご用件を伺いますわ」
 Dは傍らに立ったまま言った。
 「おれはD、客ではない」
 「D……その名を知らないと言えば嘘になりますわね。この島も辺境区の一端――お話は聞いていますのよ」
 夫人は直立不動の客人を見上げた。
 「ダンピールの貴族ハンター――怖ろしいこと。この島に住む貴族は、わたくしと夫と息子だけですのよ」
 「仕事の依頼主を探している」
 「依頼主――この島に? あり得ません。院生には外部との接触は禁じております。すべての通信は島のセキュリティ・システムによって監視されているのです。それに先程お話しした通り、院生は貴族に反感を抱くことはできませんの。夫の――エルマイヤー伯爵の処置を受けておりますから」
 「ある内陸の町でメッセージボトルを入手した。中に収められていた手紙には、エルマイヤー伯爵の討滅と島からの解放を求める旨が記されていた。しかし日付と署名は解読不能だった――名の頭文字は〈L〉とだけ読めた」
 Dはコートの内側から黄ばんだ紙切れを取り出した。滲んだインクの文字は、それが海水に浸食されたことを物語っている。
 「メッセージボトル……瓶に手紙を封じて海に流す通信手段ね。確かに、それならばセキュリティ・システムは掻い潜れたかもしれません。けれどLという頭文字を持つ院生は数知れず……事によっては何世紀も以前のメッセージかもしれませんわ。それでも依頼をお引き受けになりますの?」
 「報酬を得られなければ仕事はしない。瓶や手紙からの年代特定は不可能だった。――過去から現在までの院生の学習データはあるか?」
 「ええ、研究のために残しているはずよ……筆跡鑑定を行ないたいのでしたら、ご協力いたしましょう。もし瓶のメッセージが本物であるのなら、院生への夫の処置に不備があったということ――貴族に敵意を抱く因子は、速やかに特定しなければなりません」
 夫人が手を叩くと、一体のアンドロイド従者が近づき、Dのかざした手紙をスキャンした。
 「数世紀に及ぶ膨大な量のデータから照合させます。特定には時間がかかるでしょう。その間、島でお待ちいただけるかしら?」
 夫人の問いに、手紙を懐に戻したDは答えた。
 「構わん。島内の調査も行ないたい」
 「養育院の見学は、貴族の血を引く方ならどなたでも歓迎していますわ。ただし武器の持ち込みは禁じております。武装は稽古場でのみ許可していますけれど、持ち出すことはできません――脆弱な人間への配慮です。ご理解いただけるのでしたら……」
 アンドロイドが進み出ると、Dは躊躇いもせず背負っていた長剣を降ろし、懐から取り出した短剣と白木の針の束と共に手渡した。ハンターを陥れる手段である可能性は考慮したはずだ。
 夫人もまた、武装を解いただけでDを迎え入れようとしている。もし院生からの依頼を受ければ、Dは帯刀などせずとも確実に伯爵を、夫人を、あるいはその息子を滅ぼすだろう。よほど夫の処置を、そしてその結果としての院生を信用しているに違いない。
 「お預かりした武器は、このレセプションで保管させていただきます――では、院内へ」
 夫人は立ち上がり、正面奥の扉へと客人を誘った。後について歩くDに左手が指摘した。
 「悠長な奴じゃの。ま、ハンターが必要とされぬのなら、おまえは休暇でも取るしかあるまいな。のどかな小島の牧場など行楽にはもってこいじゃ――むぎゅ」
 潰れたような呻き声は届かなかったのか、夫人は優雅な足取りで客人を導きつつ説明した。
 「院生は赤子から成人まで二百名足らず。皆、お客様を歓迎したくて待ち侘びておりますわ。ハンターというご身分は伏せておいた方がよろしいかもしれません。彼ないし彼女たちは、ただ純粋に施設の支援者へ好意を寄せているだけなのです」
 そして巨大な扉の前で足を止めて振り返った。
 「わたくしは、この度のことを夫に報告して参ります。案内は息子のセレナスに託けておきましょう。島の中は自由に散策なさって下さいませ――お気に召される院生が見つかるかもしれませんわ」
 夫人が合図を送ると、扉は音もなく開かれた。屋外には前庭に劣らぬ情趣に満ちた庭園が広がっていた。
 海を望む高台の広場は優美な列柱に取り囲まれ、夢のようなランタンの光が孤島の夜を艶やかに照らし出していた。中央の噴水から滾々と湧き出す水は輝くせせらぎとなって硝子の橋を潜り、七色の花に囲まれたベンチの脇を抜けて、あおい芝に覆われた敷地へと巡り渡されている。
 正面の館にも明かりが点り、深夜にも関わらず複数の人影が出入りしていた。女性は簡素なワンピース、男性もどこか似通ったシャツとスラックス姿をしている。
 「そうでしたわ――あの子たちは今、明後日の舞踏会の準備をしていますの。当院では満月の夜ごとに、社交レッスンを兼ねて夜会を催しております。次の舞踏会は、島の外から客を招いてのお披露目会となるものですから、誰もが衣装の準備やダンスの練習に余念がありませんわ――引き取り手となる貴族と、初めて顔を合わせる院生もいますのよ」
 にこやかに院生たちを眺める夫人の肩越しに、Dは庭園の奥に連なる建造物を見渡した。寄宿舎や校舎であろう。体育館らしい大型の施設もある。
 「白い花を身につけている院生は、すでに引き取り手が決定している子。それ以外の院生は、口づけを授けても構いませんのよ。誰も拒みませんでしょうから……その場合、引き取ることが条件となりますけれど」
 「条件はそれだけか?」
 返答に一瞬の遅れが生じたのは、養育院のシステムには露ほどの関心も寄せていないと見ていたDが訊ねたからだ。
 「いえ……いくつかの誓約がございます。院生が島への里帰りを求めれば、引き取り手には応じる義務がございます。もし院生との間に子を成した場合、その子はこちらで引き取らせていただきます。そして、口づけの祝福をもって院生自らが貴族となった場合は――」
 夫人は言葉を切ってDを振り向いた。
 「滅ぼすこと、が条件となります。これは院生全員の承諾を得ております」
 人が呪われた口づけを受けることなく貴族を敬慕し、血を生命(いのち)を捧げることをも辞さない――故にそこは〈迷宮〉と呼ばれるのだろうか。
 月明かりの庭園は、深夜の闇色を纏った美しい客人を迎え入れた。

2.島の番人

 そこは夜を憩いの場とする者たちのために築かれた庭園に違いない。それなのに、星空にひらけた広場を行き交い、月光の育む芝生の上で笑い合い、身を寄せた木陰で夜通し語り合う影は、どれも人間のものだ。島が辺境区に属すると聞けば、誰もが目を疑うどころか正気を疑うはずだ。彼らの――或いは自らの。
 島への来訪者は珍しくないのだろう。礼を弁えた院生たちは、客人を見つけても駆け寄って声をかけることはしない。けれど広場に現れた今夜の来訪者を一目見た者は、会釈するのも忘れてその端麗たる姿に見入り、歩み去る背中が遠く見えなくなってから、初めて切ない溜息を漏らした――あんな方に召される幸せな子がいるのだろうか、と。
 院生の往来の目立つ正面を避けて、Dは舞踏会館を迂回する街路灯の並んだ歩道を進んだ。すぐに人口の木立に差しかかり、静けさと優しい夜の虫の声に満ちる暗がりに包まれた。
 辺境区では地域を問わず出没する危険極まりない生物や害虫の気配はない。島周辺の海域や空にも捕食者の姿はなく、外界から切り離された孤島は、無害な動植物に囲まれた楽園かもしれなかった。
 けれど木立の奥から聞こえたすすり泣くような声を耳にしたDは、歩道を外れて草むらに分け入った。すぐに並んで吊り提げられたランタンが薄手のカーテン越しに揺れる東屋が見えた。
 天幕の内側に設置された寝椅子で、二つの白い影が重なり合っている。声の主は下側だ。それは男女であり、貴族と人間であった。そこで取り交わされているのは、魔性の口づけに違いない。
 来訪者に気づいて、白いケープの若者が唇を寄せていた喉元から顔を上げた。遅れて白いワンピースの少女が身を起こし、Dの姿を認めるなり、紅潮した頬をさらに染めて男にしがみ付いた。
 「見学者か? ――そういえば夫人に案内を頼まれた気がするな」
 若者が言った。
 「そういう訳だ。続きはまた今度にしよう、アリアドネ。待ち焦がれる夜というのも、悪くないものだ」
 華奢な手を取って唇を寄せると、男は茫然と客人を見つめる少女を残して東屋の外に出た。
 腰までかかる長髪は月光の色をしていた。膝丈のケープも絢爛な衣装も白で揃えている。白い鍔広帽を与えれば、黒を纏うDの陰画(ネガ)のように映るだろう。
 「私はセレナス・エルマイヤー、院長の息子だ。島の護衛を担っている」
 貴族らしく端正な顔立ちながら夫人の面影はない。義理の息子なのだろうか。
 「おれはD――ハンターだ」
 Dが名乗ると、先に反応したのはアリアドネと呼ばれた少女の方であった。
 「ハンターですって……!?」
 慌てて東屋から飛び出し、男を庇うように二人の間へと進み出た。
 「知ってるわよ、ハンターって貴族を滅ぼす仕事の人でしょう。やめて――セレナス様を傷つけないで!」
 叫ぶ少女の咽喉には何の印もなかった。歓喜の声を押し殺していたのは彼女のはずだ。
 「仕事ではなく、その依頼主を捜している。頭文字にLを持つ名の人物だ。――島の案内を頼みたい」
 Dが伝えると、セレナスは少女の肩に手を置いた。
 「早とちりのようだぞ、アリアドネ」
 「でも――」
 不安気に振り返る少女に、男は言い聞かせた。
 「夫人が島へ迎え入れたのならば客人だ。お客様は丁重に扱わなければ――行くがいい、アリアドネ」
 「――はい」
 頷いた少女は形ばかりの会釈をすると、スカートを押さえて早足で去っていった。
 「邪魔をしたようだ」
 白い後姿を目で追うこともなくDが言った。
 「いや、彼女にはあれで良かった。夫妻の許可がなければ口づけはできない――たとえ当人から求められようとも」
 少女と同じ道を辿りながら、Dは手短に事情を説明した。街路灯の歩道に戻ると、セレナスは客人を先導して歩いた。
 「――なるほど。メッセージの差出人が見つかれば、伯爵は君に狙われるということか。噂は聞いている――辺境区随一の貴族ハンターだとな。夫妻や院生と違って、私は本土へも出向くのだ。実際に出逢えるというのは光栄だが、手合わせなどしたくないものだ」
 「〈L〉という人物に心当たりはあるか?」
 「さてな……私の知る限り、この島には貴族に反感を抱く者はない。不可能なのだ――伯爵の処置を受けると」
 「処置とは具体的に何を指す?」
 突然割って入った嗄れ声に怪訝な顔を向けつつも、セレナスは答えた。
 「誕生前なら、受精卵へのゲノム編集が行なわれる。容姿に関わる注文が多いのだ。特定の性質や能力の発達を促すこともある。産むのはこの島の妊娠適齢期に当たる女性――肌や瞳の色が違っても、人間の親には授かった子供を我が子として養育する本能があるらしい。
 誕生後なら一本の注射、それだけだ。特定の遺伝子を恒久的に不活性化させることで、貴族に対して抱く本能的な恐怖感を抹消し、その上で先入観を排する教育を施す。院生の中には辺境区から孤児として島に引き取られた者も多いのでな――私もその一人だ」
 「処置を受けたのか?」
 これはDの問いだった。
 「ああ、結果は思わしくなかったようだが――私は貴族と人間の混血児だった。半分は効を奏したのかもしれぬが、いかんせん伯爵夫妻の研究の趣旨は、当時の私には理解できなかった。貴族に対して順応な人間を生み出すことを目的としていたはずだからな」
 「何か変化があったか?」
 再度の嗄れ声に、セレナスは振り返って訊き返した。
 「コートの下に何か飼っているのか? ――いや、何もなかった。自らの半身に順応なダンピールはできたかもしれぬがな。週に一度は血が吸いたくなるのを黙って見過ごしているのだから」
 セレナスは牙も顕に笑い声を上げながら歩みを進めた。意外にも気さくな性格の持ち主なのかもしれなかった。貴族の血が嫌忌や憎悪を生じさせぬのならば、先刻の少女のように院生たちからも慕われているに違いない。
 舞踏会館の裏手から先には島の中央通りとなる石畳の道が続き、両側に建ち並ぶ洒落た外装の寄宿舎や施設と共に小さな街並を形成していた。人通りはないが、通りに面した窓には明かりが目立つ。このテキストはハートデルソル・ドットコムからのコピペです。院生たちは夜を明かしてから眠りにつくのだろうか。
 「この周辺には女子寮、男子寮、家族用のアパートもある。奥に見えるのは食堂、学舎、図書館……反対側の建物は来客用の宿泊施設だ」
 「――犠牲者の収容施設はないようじゃな」
 無遠慮な嗄れ声の問いにセレナスは足を止めた。左手の指摘はもっともである。如何なる状況下に置かれようとも、貴族と人間が生活の場を共有するのならば、そこには犠牲者の姿があって然るべきなのだ。
 「犠牲者はいる――自己犠牲の結果としてなら」
 セレナスは振り返って言った。
 「誰も犠牲とは思っておらぬ。この島では、口づけを受けた院生を隔離することはない。彼らの安全は私が保障する――私の知る限り、この島で人間を襲った人間はいない」
 「人間と呼ぶにはいつか限界が来る」
 Dが言った。夜風が冷たい潮の香を伴って通りを吹き抜けていく。
 「その時は……私の出番だ」
 答えると、セレナスは再び歩き出した。滅ぼすことが条件であると夫人は告げた。それをこの男が担っているのだろうか。
 「君はハンターか?」
 Dが訊いた。
 「そう見えるか? ――だとすると嬉しいな。島の番犬扱いにはうんざりしているのだ。島での武器の所持は、この私でさえも許可されていない。吼えて咬みつく以外にも能があると信じてもらいたいものだ」
 そこへ少女の声が届いた。
 「セレナス様が犬だったら、ふわっふわのホワイトシェパードに違いないわ」
 前方の建物の陰から顔を覗かせているのは、先程セレナスに辞去を命じられた少女だった。
 「アリアドネ――何か用か?」
 歩道に姿を現した少女は、一礼してから申し出た。
 「突然、失礼いたしました。私、お客様の案内のお手伝いをしたくて……」
 恥ずかし気にスカートの端を弄ってはいるものの、Dに投げかける眼差しはやけに熱い。
 「この客人は、私が案内するよう夫人から託ったのだ」
 半ば呆れるセレナスに諭されても、アリアドネは食い下がった。
 「だって舞踏会の時、ダンスのお相手をしてくれる方が欲しいんだもの」
 「私が約束したはずだ――それとも何だ、私では不服か?」
 「そういう訳ではありませんけど……その……」
 アリアドネは頬を赤らめて告白した。
 「お気を悪くされたら悪いけど……そちらの方……とっても素敵……」
 すでに魂まで虜となってしまったような少女にセレナスが機嫌を損ねたのも無理はないが、Dが相手では如何ともし難い。ただし原因は少女ではなく客人を奪われることに対する嫉妬である。
 「この客人は仕事で訪れたハンターだ。舞踏会には招かれていない」
 セレナスの強い口調も、客人との出会いに胸をときめかす少女には何の効もなかった。
 「それなら私が招待するわ、ハンターさん……夫人が認めたお客様なら、どなただって歓迎のはずよ。どうか明後日の夜まで、こちらにいらっしゃって……」
 そこへ別の声が呟いたのを、Dとセレナスだけが耳にした。
 「ハンター……?」
 女子寮の入り口から、小柄な少女が覚束ない足取りで現れた。
 「お願い……助けて……」
 歩道に飛び出してDのもとへと駆け寄り、そのまま気を失ってしまった。
 「――リラ!?」
 街灯の明かりの下、Dが抱き止めた姿を目にしたアリアドネが少女の名を叫んだ。
 頭文字はLだった。

3.リラとアリアドネ

 この世に生を受ける前から、リラには引き取り手となる貴族がいた。
 名や身分は相手の意向で知らされていない。男性か女性か、歳を召しているのか、彼女を必要とする理由も不明である。
 侍女や女中として召され、城や主人に仕えて残りの一生を過ごす院生もいる。花嫁として迎えられ、その夜のうちに短い命を捧げ尽くす院生もいる。どちらが幸せかは問うまい。
 彼女に与えられたのは名だけではない。明るい琥珀色の瞳。オリーブ色の肌に、細い鼻筋の通った顔立ち。髪に関する指定はなく、彼女が得たのは瞳と同じ黄茶色(アンバー)の巻毛だった。
 リラは一般教養や礼儀作法を学んだ他、個別の教育カリキュラムによっていくつかの楽器の演奏に精通し、各地の伝承や民話、御伽噺を数多く暗記していた。もしかすると、子女の話し相手や子守の仕事を任されるのかもしれない。
 引き取り手との顔合わせは、十六歳で迎える最初の舞踏会と定められていた。物心ついた頃からリラは白い花の髪留めを身につけ、貴族に対して取り立てて思うところもなく、ただそういうものなのだと与えられた運命を受け入れて育った。
 島で迎える最後の誕生日を友人たちと祝った後、リラはエイラル夫人の訪問を受けた。舞踏会のために衣装を用意したという。洋裁技能に優れた院生に仕立ててもらったドレスは、リラの瞳の色に合わせて白と淡いオレンジ色をしていた。手袋と髪飾りも付属しており、リボンで絡げられたコサージュの花はやはり白――島を出るための切符であり、院生たちの憧れと羨望の的である。
 貴族に引き取られることに悔いはなかった。辺境区における平均的な人間の生活の過酷さは耳にしているし、それ故に恵まれた環境で育まれたことも理解している。彼女に生を与え養ってくれた両親やエルマイヤー夫妻にも感謝の念が尽きない。けれど彼女は貴族の望み、その期待に適う人間になれたのだろうか。
 舞踏会の日が近づくにつれて、リラの胸の中には不安が膨らんでいった。瞳や髪の色、憶えた楽曲や物語を気に入ってもらえるだろうか。相手がどんな貴族であれ、慕い、愛することができるだろうか――血(いのち)の最後の一滴までを捧げることになるとしても。
 募る懸念は体調不良として現れ、ついに始まった舞踏会のダンスの練習の最中にリラは熱を出して倒れた。私室で寝込むリラの見舞いに訪れたのは、二つ年上のアリアドネだった。幼馴染であり、学友であり、姉も同然の存在である。
 「元気を出して――きっと幸せになれるわ」
 部屋の一角に掛けられたドレスを眺めながら、アリアドネはベッドに臥せるリラを励ました。彼女自身は島の生まれではなく、白い花を身につけたこともない。来訪客に見初められるか引き取り手の条件に合致しない限り、島を出ることはできないのだ。
 養育院で一生を過ごす者は多い。院生同士の婚姻は認められているし、結婚式を挙げることもできる。適齢期を過ぎれば志願して年少者の保育士や教職に就く者もあるが、大抵はその境遇に堪えかね伯爵や夫人、セレナスの口づけを請う――その先に滅亡があると知りながら。
 「あなたに会えなくなるのは寂しいわ……」
 リラは火照った顔でアリアドネを見上げた。
 「大丈夫よ。行った先で新しい人と出会って、きっと大切にしてもらえるわ。みんなそうだったでしょう。里帰りしてきた子、一人もいなかったもん」
 「そうだけど……」
 「それよりも、今度の舞踏会で私にも奉公先が見つかるように願っていてよ。そうしたら島の外で会えるかもしれないでしょ?」
 「それもそうね」
 はにかむリラに、アリアドネが切り出した。
 「ねえ、ほら、前に話してくれたじゃない、運命の糸の話――あれ、また聞かせてよ」
 「糸?」
 「そうそう。人生の中で出会う人は、みんな見えない糸で繋がってるって。それで、一番大切な人とは赤い糸で繋がっていて、それは絶対に切れないって話。前に聞いてから、ずっと頭から離れなくて……あの話、とっても好きなの」
 「全部、憶えてるじゃない」
 「あら、本当……まあいいや。とにかく、もう少しで糸を辿って運命の人に出会えるんだから、熱なんて出してないでもっと喜ぶべきよ」
 ひとしきり親友を励ましてから、就寝すると告げたリラを残してアリアドネは退室した。上階の自室には帰らず宿舎を出て、通りを行き交う院生たちと擦れ違いざまに挨拶を交わしながら、当てもなく広場へと足を向けた。誰もが顔見知りの小さな島である。
 夜通し月明かりの降り注ぐ今夜、庭園には多くの院生が屯していた。乳母車を押して散歩している若い夫婦や、持参したバスケットの夕食を囲んでいる年下のグループの姿もある。通り掛かった舞踏会館の入り口では、建築デザインを専攻した青年と女優で演出家でもある少女が協力して、集まった院生にホールの装飾の段取りを指示していた。
 五歳で両親を失い養育院に引き取られたアリアドネは、一般教養を学んだけで特別な才能や技能は持ち合わせていない。無性に悲しくなって、踵を返して明るい広場から離れた。
 街路灯の並んだ小路を進んで木立を抜けると、島の東端の海岸に出た。断崖の向こうには大海原が広がり、ふくらんだ月が波間に光と影を落としている。墓碑や墓石が並んだそこは島の墓地であった。いつからここにあるのか、多くは風化して碑銘も読めず、半ば崩れてしまったものもある。アリアドネは夕暮れの色をしたブーケが添えられた小さな墓碑の前に立った。
 ここに眠る女性が亡くなったのは二年前だが、誰かが島の温室で栽培された花を定期的に手向けているらしい。アリアドネはささやかな葬儀に出席した参列者の一人で、生前の彼女を知っていた。三十歳を前に引き取り手がないことを憂いて伯爵に血の献上を申し出たところ、快く承知してくれたという。それ以来、彼女の顔から微笑みが尽きることはなく、死の床では伯爵の名を讃え、亡骸は院の規則に従い胸に楔を打ち込まれてから埋葬された。
 今でも夢を見るように睡っているに違いないと、アリアドネはここに来る度に地中に横たわる友人に思いを馳せ、救われたような気持ちになる。彼女は運命の糸を手繰り寄せることができたのだ――それが呪われた赤で染まっていたのだとしても、彼女の伯爵への想いは真実に他ならなかった。
 「――アリアドネ?」
 呼びかけられて振り返ると、墓地の入り口にセレナスが立っていた。輝くブロンドに月光を、ケープに海風を纏いつかせながら近づいてくる。
 「セレナス様……どうしてこちらに?」
 墓地ほど貴族に相応しい場所はないかもしれない。けれどアリアドネがここで彼を見かけたのは初めてだった。
 「それは私が訊きたいところだ。――墓参りか?」
 「ええ、まあ……」
 「元気がないようだな」
 「今度の舞踏会のこと……不安で」
 俯いてスカートの端を握り締めるアリアドネにセレナスは言った。
 「初めて参加する訳ではないだろう。いつもと同じだ、怖れることはない」
 「私と踊ってくれるお客様がいなかったらどうしよう……私、そんなに魅力的じゃないし」
 「そんなことはない。君は魅力に溢れている」
 「でも自慢できるような特技なんてないし、容姿には調整を受けていないのよ?」
 容姿端麗なセレナスを見上げて、アリアドネは唇を尖らせた。
 「自然のままを求める客もいるだろう。人手の加わらぬ純粋な血はそれと判る」
 「あなたはどう? このままの私でも側に置いてみたいって思います?」
 アリアドネは月光が人の形をとったような男に縋り寄った。地に落ちる影もどこか儚い。
 「もし――もしもこのまま私の引き取り手が見つからなかったら、セレナス様、あなたをお慕いしても……愛してもいい?」
 「私を?」
 「伯爵も夫人も良い方だわ。でも、私はあなたのために微笑んでいたい……死ぬまでそうしていられたら、幸せだなって……」
 想いの丈を打ち明けた少女の肩を抱き寄せて、セレナスは静かに言った。
 「君がそう望むのなら、協力は惜しまない。だが、それには夫妻の許可が必要だ」
 「そんなの待てないわ――キスして下さい」
 「それは願ってもみない申し出だ」
 「本当……?」
 差し伸ばされた少女の指からひらりと身をかわして、セレナスは悪戯っぽく微笑んだ。
 「ただし、私を掴まえられたらな」
 「お待ちになって――待って!」
 身を翻して走り出す後ろ姿を追って、アリアドネは笑い声を上げながら墓石の間を駆け回った。コピーライト、ハートデルソルドットコム。月夜の追いかけっこは墓地を外れて木立へと及び、ついに白いケープの端を掴まえたのは、飾りランタンの揺れる東屋の前だった。
 セレナスは息を切らしたアリアドネを抱きかかえ、カーテンの内側に据えられた寝椅子へと腰を下ろした。
 「本当に……キスしてくださるの……?」
 弾む息と早鐘を打つ胸を抑えて訊ねる腕の中の少女を見下ろして、セレナスは微笑んだ。
 「さて、どうしたものか――」
 襟元のボタンを外し始めた男の口の端に鋭い光を見つけると、アリアドネは夢見るように頭を反らせ、はだけた襟元にセレナスが唇を寄せると、瞼を閉じてすべてを委ねた。
 牙の切先が頚動脈にそって白い咽を撫でても肌を裂くことはなく、それでもアリアドネは逞しい胸にしがみついたまま身を震わせた。それは吸血ごっことでも呼ぶべき戯事に過ぎなかったが、少女の気を沈めて不安を解消するには充分な効果を発揮した。
 泣き濡らしたアリアドネが身を起こし、スカートの裾で顔を擦るのを見て、セレナスは眉をひそめた。
 「淑女ならせめて袖口で拭いたまえ。夫人に見つかれば、礼儀作法の授業を取り直すことになるぞ――おや、ハンカチを忘れたらしい」
 ベストの内側を手で探りながらセレナスが言うと、アリアドネがくすりと笑った。
 「あなたもそれほど紳士ではないのね……」
 アリアドネはセレナスの膝上に抱かれたまま、あるかなしの夜風に揺れるランタンを見つめながら話した。
 「運命の糸ってお話、知っていらっしゃいます? リラに教えてもらったの。人生の中で出会う人は、誰でも生まれながら見えない糸で繋がっているのですって。その中で一番大切な糸だけは赤色をしていて、それは何があっても絶対に切れないって……リラはね、自分の赤い糸の先端は、引き取り手の貴族に結ばれているのだって話していたの。時が来れば、いつか必ず出会える運命なのよ。でも、私の赤い糸は、どこに繋がっているのかしら……」
 セレナスの手を取って頬に寄せ、少女は溜息をついた。ふと顔を上げて訊ねる。
 「ねえ、あなたにも結ばれているのかしら、赤い糸が――?」
 「さて、考えてみたこともないな。運命の相手がいるとしても、私はまだ会ったことがない」
 「あなたは島の外に出られるけど、私はただ待つしかないの。あなただったらいいのに、私の運命の人――」
 そして取り留めのない願望を断ち切るように首を振った。
 「ううん、今のは忘れて下さい。どんな糸でもいい――あなたと出会えただけでも幸せよね、私。だから、ねえ、もっと……」
 甘えるように身を寄せる少女を寝椅子に横たえると、セレナスは白鳥の羽のように覆い被さり、再び偽りの貴族の口づけを与えた。
 それは島を訪れたDが二人の前に現れるまで続けられた。
 
 Dに抱きかかえられたリラは、アリアドネの案内で私室へと運ばれ、ベッドに寝かされた。
 「リラは今度の舞踏会で、引き取り手の方と初めて顔を合わせるんです。その緊張でしばらく体調を崩していて……何か悪い夢でも見て、うなされて外に出てしまったんだわ」
 友人の額に冷湿布を当てて布団を掛けてやってから、アリアドネはDに向き直った。同行したセレナスには見向きもしない。
 「あの、ありがとうございました……お客様に運んでもらえるなんて、ずるい――じゃなかった、ご迷惑をおかけしました。何かお礼にできる事はございませんか? 私、何でもします……」
 「礼には及ばん」
 友人よりも高熱があるように見える少女に一言だけ告げて去りかける背中を、ベッドからか細い声が呼び止めた。
 「ハンターって……本当? 依頼を受けて……貴族を……?」
 答えたのはセレナスだった。
 「確かに彼は貴族ハンターだが、人を尋ねてこの島を訪れた客人だ。瓶に手紙を封入して海に投じたことはあるか?」
 僅かに首を振ってリラは答えた。
 「いえ……ありません」
 立ち止まっていた客人は、再び歩き出した。
 「行かないで……助けて、怖いの」
 必死に呼びかけるリラをセレナスが宥めた。
 「ハンターができることは、貴族の抹殺だけ――君には不用の客だ」
 不意にリラは身を起こした。その拍子に、白い花の髪留めがほつれた髪から落ちた。
 「違うわ……聞かせて欲しいの、島の外にはどんな貴族がいらっしゃるのか。私が知るのは伯爵とエイラル夫人、それにセレナス様だけ。とても優しくして下さるわ。島の外の貴族もそうなら、ハンターなんて不要のはず……教えて下さい」
 再度立ち止まったDは、振り向きもせず答えた。
 「大半の貴族は、人間の命を重んじはしない。彼らにとって人間(ひと)は、生き血を蓄えた虫けらに過ぎない」
 「そう……ですか……」
 何かを失ったような面持ちでリラは呟いた。
 「ご親切に、感謝します……」
 両手で顔を覆って肩を震わせる少女に、セレナスが寄り添い慰めの言葉をかけるのを見届けてから、アリアドネは部屋を後にした客人を追った。
 「――ちょっと、酷いじゃない、リラにあんな事を言うなんて!」
 宿舎を出て、通りを北上する黒いコート姿を見つけると、アリアドネは声を上げた。しかし駆け寄ってその顔を見上げた瞬間、用意していた文句はすべて脳裏から消失してしまった。
 しばらく立ち止まってから、気を取り直して再び追いかけた。
 「あの……どちらへ?」
 アリアドネは歩きながら訊ねた。別段急いでいるとも見えないのに、Dに足並みを揃えようとすると、どうしても早足になってしまう。
 「まさか一人ずつ全員に話を聞いて回る訳じゃないでしょうね?」
 返事は期待していなかった。
 「自慢じゃないけど私、お喋りだけは得意なのよ。院生の事ならセレナス様よりも私の方がずっと詳しいはずよ。だから、協力させて下さい」
 「無駄じゃ。こいつ好みに調教した愛玩動物(ペット)――もとい美女でも連れてこれば話は別かも知れんがな。ちなみに好みのタイプは――ぐえ」
 どこからか聞こえた嗄れ声は瞬時に気のせいと判断して、アリアドネは先を続けた。
 「さっき東屋を離れた後、貴族ハンターを探してるって、こっそり私に明かしてくれた子がいたのを思い出したの。実はその子のイニシャルもLで……それで、お二人を追いかけて来たの」
 足を止めた客人に、アリアドネは手応えありと見て詰め寄った。
 「情報を提供するわ。その代わり、もしこの島で目的の人が見つかったら、一曲でいいの――ホールで私と踊ってくださいませんか」
 「――いいだろう」
 美しい客人が振り返りざまに答えた瞬間、アリアドネのすべての思考は停止した。あまりの感動に、脳がその言葉を現実のものと認識できなかったのだ。
 間もなくセレナスが二人に追いついた。
 「リラは眠った……どうした、アリアドネ?」
 放心したように硬直する少女とDを交互に見て、大まかな事情を察した。
 「彼女が〈L〉の手掛かりを知っているらしい」
 「本当か? アリアドネ――おい」
 セレナスがDとの間に割り込んでアリアドネを揺さぶると、何度か頭を振って我に返った少女は、周囲に誰もいないことを確認してから小声で伝えた。
 「そう、そうなの。ラクーナよ――この島へ来る前に、貴族のことで何かあったらしいの。詳しくは話してくれなかったけど、それからずっとハンターに会いたがっているって、プールの更衣室で聞いちゃって」
 「彼女と話せるか」
 Dの問いに、アリアドネはやや不満気に頷いた。彼女が現れた時のセレナスと同じ表情をしている。
 「今も水泳場にいると思うわ……ご案内します」

4.ラクーナと海の相棒(ともだち)

 水泳場へ向かう道すがら、アリアドネはDにラクーナの経歴を掻い摘んで説明した。
 「ラクーナは生物学や海洋学の知識に精通していて、島の海の生態系の調査なんかもしているのよ。ダイバーだから泳ぐのも得意で、子供たちの水泳コーチもしているわ。それで私も親しくなったのだけど……」
 少女は肩をすくめた。
 「私は水が苦手で、小さい子に混じって幼年向けのレッスンを受けていたの。ラクーナはとっても優しく教えてくれたのに、泳ぎ方は最後まで習得できなくて、それ以来、気まずくてあまり会っていないのよ」
 「君の水泳能力の有無はさて置き、彼女ならば瓶に手紙を託し、思い通りの海流に乗せることも可能だったかもしれぬな」
 二人の背後を歩くセレナスが意見を述べた。
 島の中央付近の交差点を左折すると、大きな建造物の建ち並ぶ一角に出た。図書館や講堂など一目でそれと分かる施設が多く、利用する院生の姿も疎らに見受けられる。
 「水泳場は突き当たりの建物よ。ラクーナは施設の管理も任されているから、明け方まで残っているはず……」
 アリアドネは立ち止まり、Dとセレナスを振り返った。
 「私はここで失礼して、お客様の宿泊するお部屋のご用意をしてきます。――あの、寝台は棺がよろしいかしら? それとも、その……」
 耳まで赤らめて言い兼ねている少女にDは答えた。
 「ベッドで構わん」
 「きゃっ……あ、はい……かしこまりました……」
 飛び上がり、断腸の思いで振り向くと、アリアドネは今来た通りを駆けていった。
 「まさか枕にでも化けて、寝室で待ち伏せるつもりではあるまいな」
 よろめきつつ立ち去る後ろ姿を見送るセレナスの言葉に、嗄れ声が応じた。
 「いや、あの分では夜食まで用意して待つつもりじゃな。ゴハンニナサイマス、ソレトモ、ワ・タ――ぐええ」
 押し潰されたような悲鳴に、今度こそセレナスはその存在に感づいた。
 「左手に何かを隠しているな――いや、誰か隠れているのか? ――まあいい、もし夫妻に見つかれば罰は免れぬとだけ伝えておこう」
 「ほう、それはわしが受けるのか、それともこいつが受けるのか?」
 「それは……おまえが侵入者であるのか、或いは武器であるのかによる」
 「では甘んじて武器に徹しておこう」
 嗄れた笑い声を聞き流して、二人は目的の施設に向かった。

 水泳場は中央に眼窓を有する八角形の屋根に覆われた建物で、入り口の両脇に設けられた事務室と更衣室を除き、壁や仕切りのない広々とした空間を包含していた。
 手前には子供用の水溜りや滑り台の付属した浅い遊泳エリアが、中央にはレーンの区切られた競泳プールが整備され、煌々と点る照明光を誰もいない水面に映していた。 
 さらに奥には自然の岩場を模した――というより元の地形を利用したらしい湧き水を湛えた一角があった。客人の姿を見つけて、泳いでいた若い女性が泉の岸辺へと上がってきた。
 袖のある白いワンピースの水着に映える赤毛をねじってしぼりながら、裸足のまま近づいてくる女性は、アリアドネよりも一回り年上だろう。開口部の少ない水着が、却って胸と腰の丸みを強調している。
 「こちらにお客様がいらっしゃるなんて――夢でも見ているのかしら」
 女性は水を滴らせながら、驚きよりも喜びを湛えて二人を出迎えた。貴族が水辺を訪ねることは少ないのだろう。
 「私はラクーナと申します。見学の方ですか?」
 女性が訊ねると、セレナスはDを紹介した。
 「彼はD、客であって客ではない。人を尋ねて島を訪れたのだ。ここへ来たのは、君がハンターを探しているという噂を耳にしたものでな――その理由を聞きたい」
 「ハンター……この方は貴族ハンターですの?」
 ラクーナはまじまじと黒衣の客人を見上げて息を呑んだ。彼女の想像していたハンターの人物像を遠く裏切る美貌がそこにあったのだ。
 「お会いできて嬉しいわ……」
 セレナスの問いも忘れて美しい客人に見入る女性に、今度はDが訊ねた。
 「瓶に手紙を封じて海に流したことはあるか?」
 「手紙入りの瓶……ええ、よくそうして遊んだわ……小さい頃は海の側に住んでいて……」
 やや上の空の様子で、ラクーナは訊ね返した。
 「それよりも……報酬を支払えば、貴族を滅ぼす仕事を引き受けて下さるの……?」
 「そうだ」
 「嬉しい……嬉しいわ……」
 Dが答えると、ラクーナは自分を抱き締めて歓喜に打ち震えた。
 「こちらへいらして下さい――」
 壁沿いにセレナスとDを水泳場の奥に導き、泉の側まで案内すると、ラクーナは指を咥えて口笛を吹いた。
 「このダイビング・プールは、深いところで海と繋がっているの。お友達を紹介させていただくわ――」
 三組の視線の先で盛り上がる水面が水柱となり、派手に飛沫を撒き散らしながら姿を現したのは、巨大な海洋生物だった。毒々しい赤紫色をしたそれは頭足類を思わせるが、岸に差し伸ばされた触腕に吸盤はなく、先端には金属質の鋭い爪が突出していた。
 岩肌にしか見えぬのに柔軟性を有する触腕の一本をラクーナが抱きしめると、生物もまた彼女を抱擁するように優しく巻きつき、その身を持ち上げた。
 擦り寄せてくる腕や細剣のような爪の根元を撫でながら、ラクーナは空中からDとセレナスを見下ろした。
 「彼女はマリリン、とっても良い子よ。――でも、爪には毒があるから気をつけて」
 微笑んで警告すると同時に水中から無数の触腕が立ち上がり、その巨体にあるまじき速度で客人に襲いかかった。迎え討つ一刀を持たず、Dは瞬時に飛び退って避けた。
 「ラクーナ――血迷ったか!?」
 反対方向に跳躍して逃れたセレナスが困惑の表情で叫んだ。院生が客人を襲うなど前代未聞の事態なのであろう。
 「夫妻には恩があるから申し訳ないけれど、ハンターさえいなければ、私、夫妻のお世話になることだってなかったのよ――」
 ラクーナを抱き上げたまま、蛸とも烏賊ともつかぬ硬い軟体生物は、美しい狩人を求めて岸へと前進した。
 「島に来てからは望みも潰えたと思っていたけれど、まさかハンターから訪ねてきて下さるなんて……御主人様を滅ぼされた恨み、果たさせていただくわ――!」
 うねりながら押し寄せる触腕の束は粉砕機の如く岩場を打ち砕き、振り下ろされる鋼鉄の爪は根本まで地中に突き刺さった。割れたタイルの床に残された爪痕は、毒の腐蝕作用によるものか液状化している。
 「待て、彼を知っているのか?」
 競泳プールの端まで逃れて来たセレナスが、マリリンを操り執拗にDを追いかけるラクーナに問いかけた。
 「知らないわ――でも構うものですか。ハンターなんてみんな一緒。そんな野蛮な職業があるから、貴族は人間を見下しているのよ!」
 マリリンは腕に触れるものすべてを破壊しながら競泳プールへと進入した。
 「院生の暴走を止める策は講じていないのか?」
 鮮やかな身のこなしでセレナスの側に着地したDが訊いた。なおも前進してくる怪生物に向ける美貌に動揺の色はない。
 「ない――何しろ前例がないものでな。伯爵の矜持といえばそれまでだが。しかしハンターであるという理由で狙われるとは困ったものだな。この際だ、いっその事引退してはどうだ? この島で――おっと」
 水中から繰り出された横薙ぎの一撃が二人を襲い、Dは荒れ狂う水上に渡されたコースロープに、セレナスは背後に跳んで続く攻撃を逃れた。
 「客人を守りたい気持ちは山々なのだが……すまないな、Dよ。水は苦手なんだ――」
 「この腑抜けめが」
 どこかで嗄れ声が罵ったが、流れ水に対するセレナスの反応は、並のダンピールならば許容範囲内であろう。マリリンの進攻によって渦潮の如く暴れる奔流をものともしないDが特異過ぎるのだ。
 触腕の攻撃からセレナスが回避し得たのも、その狙いがDに向けられていたからに過ぎない。それ程の能力の差を見せつけながらも、劣等感すら抱かせないDの一挙一動に、セレナスどころかラクーナさえも目を奪われた。
 水上に突き出した奇怪な目玉が、翼を広げた黒鳥の如く水面を翔ける影を捉え、その接近を阻むべく周囲のコースロープを断ち切った。
 すでに飛躍に移っているDの着地点は、触腕の先にそびえる岩塊のような頭頂部――のはずが、僅かに早く先客が降り立った。粉砕された天井の照明器具から硝子の破片が降り注ぎ、堪らずラクーナがマリリンの抱擁から脱離したのだ。
 続けざまに襲来する爪の刺突を空中でかわしながらも、足掛かりを失ったDは腕の一本に絡め取られ、水中へと引きずり込まれた。
 「――やった!?」
 ラクーナが確信したのも束の間、プールを覗き込むと、Dを捕えた腕は水面上で停止していた。動きを封じているのは触腕に巻き付いたコースロープであり、その先端を手にするのは、プールサイドに佇むセレナスであった。投げ縄の要領で分断された浮きを投擲したのだ。
 「大切な客人だぞ――もてなし方は他にもあるはずだ」
 「セレナス様、邪魔しないで! 邪魔するならあなただって――」
 ラクーナが言い終わらぬうちに、背後から襲来した毒爪がセレナスの胸を貫き、束縛は解かれた。マリリンはDを捕らえた触腕ごと水中へと没し、少女を乗せた小さな浮島と化した。水中で窒息させるつもりなのだろう。
 世にも美しい水死体を想像して、ラクーナは恍惚となってその浮揚を待ち侘びた。しかし数秒の沈黙の後、にわかにマリリンが浮上し、立ち上がった複数の触腕がラクーナを取り巻いた。
 「マリリン……どうしたのよ!?」
 不意を食らったラクーナが宙に持ち上げられる一方、別の腕がDを丁重に陸地へと送り届けた。そればかりか愛しげにその身を抱きしめ、愛撫するように触腕を擦りつけてくるではないか。
 親友の求愛行為を目の当たりにしたラクーナは、空中で恨めしげに騒ぎ立てた。
 「マリリンが私を裏切るなんて――ちょっと、言うことを聞きなさい、あなたの主人(あるじ)は私なのよ!」
 「今はおれだ」
 Dの言葉に、傍らにうずくまるセレナスが苦しげな声を絞り出した。
 「そうか、その手があったか……手ではなく……牙とは……」
 「牙……あのハンターは貴族だっていうの!?」
 ラクーナは驚愕の眼差しでDの顔を見つめた。先程までその頬に刻まれていた切傷による出血はすでに跡形もない。©レディソルミナ。彼も硝子の破片を浴びていたのだ。
 「貴族が貴族を狩るなんて、そんなのって……サイテー……」
 プールサイドに開放されたラクーナは、床に座り込んで涙を浮かべた。
 「私は……何代も貴族の御主人様に仕えてきた家系に生まれて、召使いとして育てられて……でも、ある時ハンターが来て、すべてを壊していった……私と家族はお屋敷から人里に移り住むことを余儀なくされたのよ」
 ラクーナはすすり上げながら語った。
 「貴族に仕えていたと知れ渡って、家族はすぐに殺されたわ。私も監禁されて酷い目に合わされて、死ぬつもりで窓から海に身を投げたの……死なずに貴族の遊覧船に拾われたのは、滅ぼされた御主人様の加護があったのかもしれないわね……私、顔も名前も知らないのだけど……」
 「そのために関係のないハンターを襲ったというのか……情緒に関する教育カリキュラムを見直す必要があるな……うっ……」
 派手に咳き込んで血を吐くセレナスを、ラクーナは不安気に見つめた。
 「変ね、人間用に調整した毒よ。貴族には効果がないはずだわ……」
 「私がダンピールであると……知らなかったか……?」
 「あっ、いやだ――」
 ラクーナは決まり悪そうに弁解した。
 「だって、みんなあなたのキスが欲しいって話していたんだもの……」
 「間違えた、では済まされぬな……」
 「罰は受けます……医療係を呼んできます」
 しょんぼりと立ち上がるラクーナを、Dが呼び止めた。
 「待て――解毒剤はあるか?」
 「ないわ。マリリンはこの海域に生息する毒貝を餌にして育ったの。同じ毒を蓄えているのよ――その貝は魔睡(ますい)貝と呼ばれていて、毒に当たって一度でも気を失ったら、それっきり二度と戻って来ないの。だから気絶しては駄目よ、セレナス様。彼を絶対に眠らせないで――」
 念を押しつつ、ラクーナは事務室へと駆けていった。連絡用の通信機があるのだろう。
 セレナスは緋色の滲んだ胸元を押さえて肩で呼吸をしていた。
 「――大丈夫か?」
 近づいて屈み込んだDが訊いた。この若者が面と向かって他者を気遣うことは奇跡に近いのだが、一応は客人を救おうとして負った傷である。結果はともかく、その誠意は認めるのだろう。
 「その顔を見ていたら気が遠くなった……あっちを向いていろ……」
 しかし動じないDから、セレナスは自ら視線を逸らした。
 「傷は塞がるだろうが、解毒は間に合わぬかもしれぬ。私の治癒能力は著しく低い。人間用の毒でこの様だ……君は流れ水も平気か。日光も平気なのだろう……私は夜にしか住めぬ。羨ましい限りだ……」
 セレナスは床に身を横たえた。
 「ラクーナのことはすまぬ、君を襲うとは予想外だった。夫妻の客人は、何があっても守らねばならないのだが……」
 重い瞼が閉じて、また見開かれた。
 「いかんな、意識が……」
 「何か話していろ」
 顔を覗き込むDにセレナスは頷いた。毒の作用で視界が霞み、その美貌が命取りになることはなかった。
 「うむ……先程、週に一度は血が吸いたくなると言ったな……訂正する、三日に一度だ」
 唐突な告白も、死相を浮かべていては本気か冗談かの判断もつきかねる。
 「……それだけか?」
 取り合おうともしないDの様子に、苦痛に喘ぐセレナスの表情が和らいだ。笑い声を上げる代わりに咳込んでから、親切な客人に向き直った。
 「君が聞いているなら、何でも話したくなるな……では、私も身の上話などさせてもらおう」
 何度か呼吸を整えてから語り始めた。
 「貴族の母と人間の父――けして恋仲などではなかった。母はさる一族の令嬢、父はその城の下男で馬の世話をしていた。母は祖父に歯向かった罰として、人間と一夜を過ごすことを言い渡された。貴族の女性にとっては最大の屈辱だ――あろうことか私を身篭った。父は後に主人の娘を懐妊させた咎で処刑され、望まずに産まれた私は母や祖父母の嫌悪の対象として疎まれ、虐げられた。愛されなどしなかったし、求めることもしなかった。だが今になればわかる、母が私を拒絶した理由が。貴族にも情はある――貴族としての憎愛が」
 セレナスは目を閉じかけ、なんとか持ち堪えた。
 「やがて私は捨てられ、そして拾われた――エルマイヤー伯爵と夫人に。研究への貢献という条件付きでも、二人は両親と呼ぶに相応しい待遇をもって私を迎えた。家族というものを望んだのは、私の人間の血かもしれぬが……産みの親より育ての親、というだろう」
 ふとセレナスは不思議な面持ちを浮かべた。
 「奇妙なことに、あの二人の振る舞いは――おぼろげな記憶しかない私の父を想起させるのだ。夫人などまるで人間というものを理解し過ぎている。生まれが人間であっても、貴族になればその性質は変わる。人間の尺度で測れば非情なものだろう。貴族がかくも人の情を理解し、同情――いや、共感など寄せられるものであろうか……」
 そこまで話すと、セレナスは再度咳き込んだ。
 「Dよ、教えてくれ……ダンピールは死ぬのか? 滅ぶのか?」
 「――考える時間は、まだあるようだ」
 セレナスの傷口にはDの左手が当てられていた。
 医療搬送用の車両が到着する頃には、セレナスは身を起こせるまでに回復を遂げていた。アンドロイド医師が診察を行なう間、彼は傍らに立つDの左手を眺めていた。
 「その喋る左手には、治癒能力があるのか――では彼も武器ではなく客として扱わねばならないな。礼を言わせてもらう」
 「なんの」
 得意気な嗄れ声が返ってきた。
 医師が命に別状はないと宣言しながらも、大事を取って精密検査をとセレナスは搬送車に収容され、騒ぎを聞きつけた院生たちが窓辺や道端から不安気な眼差しを送る中、島のどこかにある医療施設へと送られていった。
 搬送車と入れ違いに自動操縦の小型ホバークラフトが水泳場前に現れ、搭乗していたエイラル夫人が音もなく地に降り立った。
 「院生の不祥事をお詫びいたします。ラクーナは院長の元へ送りました。精神鑑定を受けさせてからその処分を検討します」
 そしてDに一瞥を与えた。コートはまだ湿っている。
 「夜明けも近いわ――宿泊施設にご案内しましょう」
 「エイラル夫人、私に任せて下さい!」
 いつの間にか戻っていたアリアドネが駆け寄って声をかけた。
 「お部屋のご用意が整ったことをお知らせに参りました――お客様に直接指示をいただいた通りに」
 直接、というところを強調して、アリアドネは夫人に申し出た。
 「他にもご要望があれば、喜んで用意させていただきますわ」
 熱意に満ちた献身的な少女を、そしてその視線の先にいるDを見上げてから、夫人は頷いた。
 「よろしいでしょう。では、セレナスが戻るまで、あなたがこの方のご案内を担当なさい」
 夫人を乗せたホバークラフトを見送ってから、客人を勝ち取ったアリアドネは、満面の笑みでDを振り向いた。
 「お部屋にご案内いたします、お客様」

5.ダイとエルマイヤー伯爵

 月が西の地平線に懸かる頃、Dとアリアドネは徒歩で客人専用の宿泊施設に向かった。
 夜明けが近づくにつれて島は静けさを増していた。院生は貴族に倣い、昼間を主な睡眠時間としているのだろう。
 通りに面した瀟洒な門扉と彫刻の並んだ前庭の先に目的の建物があった。貴族が利用する宿泊所だけあり、客室はすべて地下に置かれているという。
 「聞いたわ、ラクーナがあなたとセレナス様を襲ったって……ごめんなさい、そんなつもりで教えたわけではなかったのだけど……」
 ロビーからエレベーターに乗り込むと、アリアドネが切り出した。
 「おまけに、あの子は尋ね人ではなかったのね。――あーあ、一緒に踊っていただくチャンスだったのに……」
 話し終える前にドアが開いた。そこには大邸宅の玄関ホール張りの空間が広がっていた。各フロアの規模はどれ程のものか、複数の部屋で構成された豪華な客室は、ラウンジや娯楽室、従者用の宿泊スペースまでも完備していた。
 最奥の寝室は海辺のカントリーハウス調の内装が施され、地上にいると錯覚しそうな人口の月明かりが差していた。薄暗いのは客人への配慮である。
 「私、お客様用の部屋に入るのは初めてなの……用意は全部アンドロイドがしてくれたわ」
 アリアドネは優雅なカーテンの奥に再現された海原の眺望に目を丸くした。冬期になれば窓の外には雪が舞い、暖炉には本物の炎が燃えるのだろう。
 「ここに来れるのは、お客様に気に入られた院生だけ……白い花をいただいたのも同然なのよ……」
 少女はどこか期待を込めた眼差しで客人を振り向いた。
 「見たでしょう、リラのドレスやラクーナの才能。私には……何もないの。でも、ひとつ良かったことがあるとすれば、人間に生まれたことかしら。全身を廻るこの血潮だけが、私の唯一の取り柄。貴族が人間に求める最低限の条件でしょう」
 アリアドネは天蓋に覆われたベッドの傍らに立つDに近づいた。
 「このまま誰も私を引き取らなかったら、セレナス様にキスを請うつもりだったの。でも、あの東屋であなたに会ってから、私の運命の糸は島の外に繋がってるって、もう少し信じてみたくなって――私を望んでくれる誰かが、どこかにいてくれる気がして……」
 部屋に満ちる静穏な闇よりも暗い影として佇む客人に、少女は縋るように願い出た。
 「私を引き取ってほしいだなんて言わないわ。ただ私と踊ってくれるって、そう言ってくだされば、舞踏会までの間だけは、あなたと約束の糸で繋がっていられるでしょう。ねえ、お願い……」
 しかし無言のままのDに、アリアドネは首を振ってきまりの悪い笑みを浮かべた。初めから、分かり切った反応だった。
 「ううん、ごめんなさい……迷惑ですよね、私の都合でこんな話をしたら。――部屋の他に、何かご希望はございます?」
 ないと答えたDにごゆっくりと告げて、アリアドネは退室した。
 「――調子が狂うか。〈迷宮島〉とはよく言ったものよ」
 少女の乗ったエレベーターの気配が遠ざかってから、なおも立ち尽くしたままのDに左手が言った。
 「迷宮とは、内部の存在を閉じ込めるために築かれた牢のこと。院長とやらが滅ぼされれば、主人に懐柔された草食動物でも牙を剥くかもしれん。だが貴族に殺された親の敵討ちをおまえに依頼する人間との相違は何じゃ?」
 答えず、Dはベッドに身を横たえた。
 「この島の人間が忌避するのはおまえに流れる貴族の血に非ず、貴族ハンターという肩書きじゃ。人間が貴族を受容すれば、貴族ハンターは路頭に迷うことになる。依頼主が見つからぬ方が、おまえのためにもなるかもしれんぞ」

 東の空に太陽が昇り、早くも沈もうとしていた。
 不意に身を起こしたDは、寝台から部屋の外へと跳躍した。同時に寝室の中央で爆発が起こり、噴出した炎がカーテンと寝具に燃え移った。
 警報が鳴り響き、スプリンクラーが消火に当たる頃には、Dはすでにエレベーターでフロアを脱出していた。
 宿泊施設のロビーに夫人が着いたのは、日没を迎えて間もなくだった。客人の無事を確認するなり胸を撫で下ろして伝えた。
 「今、セキュリティ・システムが犯人の特定を急いでいますわ。院生が客人を傷つけたなどとは信じたくはありませんけれど、昨夜のラクーナの件もありますし……」
 そこへ白いケープを翻してセレナスが現れた。手に不貞腐れた様子の少年をぶら下げている。掴まれた襟元には白いスカーフが巻かれていた。
 「ダイ……まさか、あなたが……!?」
 まだ幼さを留めたその姿を目にするなり、夫人は口に手を当てて驚きを露にした。
 「食堂の保管庫(パントリー)に隠れていたのを見つけた。整髪料のスプレー缶を改造して爆発物をこしらえ、ドローンの遠隔操作で換気ダクトから投入したらしい。日没前に地下の空調設備が始動する時間を見計らってな。こいつは工学の知識に長けているそうだ」
 セレナスはくるりと少年を自分に向けて詰問した。
 「おまえ、この客人がハンターと聞いて狙ったな?」
 「知らねーや」
 ダイは口を尖らせた。
 「ダイ、お答えなさい――なぜ、こんなことを?」
 そっぽを向いて意地を張っていた少年は、静かに問い質す夫人の言葉には渋々応じた。
 「だって……この人が伯爵を狙ってるって聞いたから……なあ、貴族ハンターなんだろ?」
 そしてDを険悪な目つきで睨みつけた。
 「どこで知った?」
 セレナスが問うと、ダイはさも得意気に答えた。
 「みーんな知ってるぜ。昼の間、島中で噂になってたんだ。伯爵を狙ってることも、ラクーナが最初に立ち上がったことも――誰がハンターなんで歓迎するもんか!」
 「院生の中には、辺境区で過ごした過去を持つ者もおります。きっとあなたの素性を知る子がいたのでしょう……」
 夫人の釈明も他所に、少年は叫んだ。
 「伯爵を傷つけたら、夫人が悲しむだろ……さっさと出ていけ! 出ていけよ、ハンター野郎!」
 何度も叫ぶうちに首元のスカーフが緩んで、その理由を顕にした。
 「――おまえが血を吸ったか」
 Dに見据えられた夫人は、言いようのない畏怖と喜悦に身を震わせた。
 「その通りですわ――ああ、まさかわたくしがこの子を使って、あなたを傷つけたと仰りたいの? それなら違いますわ……」
 うろたえる夫人を庇うべく、すかさず少年が割り込んできた。
 「黙れ、ハンター! 僕が自分でやったんだ、夫人は関係ないや! 疑うなら、今すぐ僕を殺せ! 夫人に迷惑をかけるくらいなら、死んだ方がましだ!」
 「およし、ダイ……お客様にそのような言葉遣い。――連れておゆき。自室謹慎になさい」
 夫人に命じられて立ち去る前に、セレナスはDを振り返った。
 「罰するか?」
 「いや。だが二度目はない」
 なおも騒ぎ立てる少年をぶら下げたまま、セレナスはロビーを後にした。
 「あの子は早くに母と別れたこともあって、特別に感受性が強いのです。わたくしを母親のように慕って……証を与えないと海に身を投げると駄々をこねたものですから、ついに折れて仕方なく口づけを授けましたの――よく言い聞かせておきましょう」
 夫人が宿泊施設を管理するアンドロイドに修繕の指示を与えるのを待ってから、Dは訊ねた。
 「鑑定の結果は出たか」
 「そうでしたわ、もう出ている頃でしょう――すべて夫に任せてしまいましたの。直接お会いになるのがいいわ。地下の研究室におります。エントランス・ホールのエレベーターで移動できます」
 ロビーに夫人を残してDは屋外に出た。仄かに潮の香る微風が宵の帳を舞い下ろしてゆく晩夏の夕べだ。
 門扉を抜けて通りに出ると、すでに点灯している街灯の下に立つリラの姿があった。
 「あの……お伝えしたいことがあって」
 熱は下がったらしく、はにかんで俯いた頬には健気な桃色があった。
 「昨日の夜、あなたからお聞きしたこと……本当のことを教えて下さったこと。嬉しかったの……それで、決心がつきました」
 立ち止まったDを見上げて、リラは微笑んだ。
 「私を引き取る貴族がどんなに冷酷な方であったとしても、島の外にはあなたのような誠実なハンターもいらっしゃる……だから、怖れることなんて何もないのだろうって。どんな方に引き取られても、私、精一杯尽くします……そのために生まれたのだもの」
 リラは人気のない通りを去り行くDを見送った。
 「お気をつけて下さい。何だか皆の様子がいつもと違うの。あなたのこと、警戒しているのだわ……」
 広場に着く頃には満天の星空が待宵の月を迎えていた。扉の開け放された舞踏会館では、明日の夜会に向けたリハーサルの準備が進められていた。華やかなドレスや夜会服に身を包んだ院生の姿もある。
 Dが広場の歩道を通りがかると、賑やかな庭園は時が止まったように静まり返った。院生たちの鋭い視線が、各々が抱く思いを孕んで招かれざる客人へと浴びせかけられる。
 疑念、不安、恐怖、怒り――島の外では有り触れた光景だ。しかし、それは貴族が享受すべき眼差しではないか。
 エントランス・ホールは自ら扉を開いてDを迎え入れた。高窓に切り取られた月光が一面に影の格子を描いている。
 フロアの一角に設置されたエレベーターの傍らに、壁に身を持たせかけて座り込む少女の姿があった。手に宵の色をした一輪の切り花を携え、穏やかに眠っているように見える。こちらのテキストは、はーとデルそるドットこむ、から複製されました。幸せな夢を見ているに違いない。
 Dが近づくと、赤毛の少女は顔を上げた。
 「あなたは……」
 ワンピースの襟元をはだけたラクーナの喉には、うじゃじゃけた傷痕が刻まれていた。
 「そうよ、伯爵に罰を受けたの……どんな罰でも受けますって、そう話したら……二度と島から出られなくするといって……」
 「――依頼なら引き受ける」
 静かなDの言葉に、ラクーナは微笑んで頭を振った。
 「あなたには感謝しているわ。伯爵の罰を受けられるようにしてくれたのだもの。今、とっても幸せよ。過去の事も、御主人様を奪ったハンターのことも、すべて許してしまえるくらいに……」
 優しい眼差しを虚空へと向ける少女を残して、Dはドアを潜った。
 エレベーター内部もホール同様、贅を尽くした装飾に囲まれていた。しかし優雅な小房は、陰湿で殺風景な島の地下層へとDを送り届けた。壁の燭台に灯された小さな炎だけが、朽ちかけた石のアーチに影を落としている。
 岩肌と鉄骨が露出した壁の構造は火災による高温に曝されたらしく、焼け焦げ熔解した跡を留めている。Dは淀んだ水溜りに浸蝕された通路を進んだ。
 辿り着いたホールには照明が点り、辛うじてその設備が機能していることが窺えた。実験器具の並んだデスクや空の寝台、機械装置や液体の満たされた水槽の類が並ぶ巨大な研究室である。規模は不明だが、奥へ行くほど燃えて破壊された惨状を呈し、葬られた過去と共に闇に閉ざされている。
 施設の中枢らしい開けた一角に差しかかると、重い轍の音が近づいてきた。機材の陰から現れたのは、思わず直視を避けたくなるような醜怪な男を乗せた自動車椅子だった。
 「おまえがDか……妻に聞いた。場合によっては、この私を狙うとな。このような体で存えるよりは、おまえのような美しい男に滅ぼされる方が幸福かもしれんが……」
 頭髪を欠いた頭部から削がれた鼻までを飾り気のない金属の仮面で覆った男は、身体の大部分を人口のメカニズムに置き換えているらしかった。どこか不均衡な骨格も肉体の損傷による後遺症と判るが、醜悪を超えて無残とも取れるその姿は、不老不死と奇跡の治癒能力を誇る貴族という概念からは、あまりにもかけ離れていた。
 「私がラブルス養育院の院長、エルマイヤー伯爵だ。見ての通りの不自由な体だ、地上に出ることは稀だ」
 仮面の覗き穴と歪んだ口腔から表情は読み取れない。
 「筆跡調査の結果を知りたい」
 立ち止まってDが問うと、伯爵の義手は傍らのコンピューターを示した。
 「そのコンソールから確認したまえ」
 Dが制御板(パネル)を操作するとディスプレイに検証データが瞬き、最後に結果が表示された。該当なし、とあった。
 「いないようだ」
 伯爵に向き直ってDは言った。
 「私が結果を改竄したとは疑わぬのかね?」
 応じぬDに、伯爵の顔の開口部から奇妙な笑いが漏れた。
 「養育院を設立してからこの方、私の方針に反抗した院生はいない。昨夜のラクーナの事件も、その動機は貴族への敬慕の情であったと判明している――私の処置は完璧だ。貴族に引き取られることを後悔する者は、一人としていなかったのだ」
 「施設の設立前はどうだった」
 「ほう?」
 Dの問いに、伯爵の車椅子が僅かに前進した。
 「この島では、養育院として人間を収容する以前から、ある研究をしていたはずだ」
 「成程、それならばいたかもしれぬ――いや、確かにいた。多くの人間がこの島へ運ばれ、実験材料となった。人間を精神面から支配し制御する手段を確立すべく着手した研究であったが、最終目的は遺伝子レベルで貴族に順応な人間を造り出すことであった」
 伯爵は淡々と語った。
 「人間のDNAに含まれる、貴族を畏怖や嫌忌の対象と認識する遺伝子の特定や消去は可能であった。しかし消去された配列は、時の経過と共に同じ機能を有する新たな配列によって修復され、どのような処置も一時的な効果しか上げられなかったのだ。
 メカニズムの解明が進み、それが人間の性質ではなく、貴族の与える影響によって生じる可能性が浮上すると、研究は数世紀に渡る膠着状態に陥った。見切りをつけた研究員が次々と島を去り、実験材料となる人間の調達にも事欠くようになった私は、絶望の内に研究所を焼き払い、自害するつもりでいた。私は滅び損なったが、それまでの研究成果や記録は、島を爆破した際にすべて消失した――復元は不可能だ」
 「なぜ戻った?」
 「解を得たのだ――エイラルに出会ってから、すべてが一転した。あれは負傷した私を介抱したのみならず、解明への糸口を授けてくれたのだ。私はエイラルと共にこの島で研究を再開し、ついに完成させた――世代交代によって失われぬ、特定の遺伝形質を恒久的に非活性化させる方法を」
 「エイラルはおまえが‘変えた’か?」
 伯爵は肩ごと頭を振った。
 「いや、あれだけはむしろ何も変わっておらぬ。エイラルは私によく尽くしてきた。研究を成功に導けたのも、彼女の助力があったからこそだ――用が済んだのなら島を去るがいい。それとも依頼主捜しを続行し、私の命を狙うかね?」
 Dが立ち去った後、伯爵はどこかに控えているアンドロイド従者に命じた。
 「エイラルを呼べ――」
 程なくして研究室に現れた夫人に伯爵は告げた。
 「筆跡鑑定の結果は、院生には該当せずと出た」
 「あなたの研究成果に不備はないと、わたくしは確信しておりました」
 エイラルは嬉々として答えた。
 「では、なぜあのような者を島へ迎え入れた?」
 Dのことである。
 「あの客人には貴族の血が流れています。規則に従い、武装解除にも応じましたので、客として迎えた――それだけのことですわ」
 しばらく考えてから、伯爵は訊ねた。
 「エイラル、おまえは今でも私を慕っておるか?」
 「慕っておりますとも。あなたの妻でございます。あなたは妾もとらず、侍女も置かず、わたくしを――わたくしだけを常に側に置いて下さいました。あなたに尽くしたいと切に願うのも、当然のことですわ」
 「それは如何なる立場としてか? 妻として、助手として、女として、或いは――」
 最後の一言は夫人を震撼させた。
 「――人間(ひと)として」

6.エイラル夫人と人間(マン)ハンター

 エレベーターで地上に戻ったエイラル夫人は、ホールを横切り応接セットのソファに身を預けた。ラクーナの姿はない。先程アンドロイドに命じて自室へ送らせたのだ。
 ぼんやりと物思いに耽る夫人の姿には疲労の色が濃い。たった今、夫と交わした会話を想起していたのだ――彼女が肯定した言葉、それが何を意味するのか。
 いつの間にかソファの傍らにDが立っていた。近寄る気配はなかったから、初めからそこにいたのかもしれない。
 「筆跡鑑定の結果を聞いた」
 「わたくしも聞きましたわ。該当する院生はいなかったと――喜ばしいことです」
 顔も上げずに夫人は応じた。
 「だが瓶がこの島から流されたという事実は変わらない」
 夫人の沈黙は動揺を示していた。
 「瓶のメッセージを入手した後、おれはミノという町の長老からある話を聞いた。遠い昔、このラブルス島が燃える事件があった。火災の後、書き置きを残して消えた少女がいたという」
 「書き置き……」
 「その書き置きは大切に保存されていた。少女の失踪後、ミノには出所不明の漂流物が定期的に流れ着くようになった。漂着した小舟や木箱には高価な品々が積載され、村に安定した収益をもたらした。ミノは漁港として栄え、少女は海の贈り物の主として讃えられた。書き置きの筆跡は瓶の手紙と一致した。少女の名はラリア――エイラルはラリアのアナグラムだ。瓶のメッセージは、おまえが流したものだ」
 「まさか……」
 夫人は呟いた。疑惑ではなく、それも肯定の言葉であった。
 「ええ、ラリアとはわたくしの名でした……人間であった頃の。けれど、あなたはそれを知った上で筆跡鑑定をさせましたの?」
 「ラリアが院生ではないという確証が欲しかった」
 ソファから立ち上がった夫人は、背後のDを振り向いた。
 「確かに、ミノに施しを行なっていたのはラリアです。瓶のメッセージを流したのも、あなたをここへ遣したのも。でも、エイラルではございません――わたくしはエルマイヤー伯爵夫人、ラブルス養育院の副院長です」
 夫人は断固として言い放った。
 「では、なぜ施しを続けている? ミノの浜には今でも漂流物が着くそうだ。おまえが自ら、あるいは息子に指示して行なっているのではないか? おまえは貴族でありながら、人間(ひと)の精神(こころ)を持つ――伯爵の処置を受けたか?」
 「いいえ、逆ですのよ――」
 徐に瞼を伏せた夫人は、自らの両腕を抱きしめた。
 「わたくしは――わたしは、生まれながら貴族に恐怖を感じることが――恨み憎しむことができなかったのです。そういう特異体質だったのでしょう。でもそれだけなら、貴族に怯えるふりをしながら、辺境区でありふれた一生を過ごすことができたはずです。けれどある時、海が燃えて――あのひとが、エルマイヤー伯爵が、浜に流されて来たのを見つけてしまったのです。ひどく負傷していて、とても見過ごすことはできませんでした。わたしは彼を匿って介抱しました。血だって差し上げたわ、何のためらいもなく、ただ救いたい一心で」
 夫人が打ち明け始めた過去を、Dは眉ひとつ動かすことなく聞いていた。
 「夜ごと回復する彼を見て、わたしは幸せだった。けれど伯爵は、わたしとの出会いをそれ以上に喜んで下さったのです。わたしの血が何か影響を与えたらしいことしか分からなかったけれど、ついに見つけたと――私の持つ遺伝子が、彼が長年取り組んできた研究に役立つと――そう告げられて、彼と共にこのラブルス島に渡ることを決意したのです。この文章は、はーとでるそる、どっとこむから、コピーされたものです。
 伯爵と過ごす間に何度も口づけを受けたわたしも、やがて彼と同じ貴族になりました。けれど――肉体は変化しても、わたしの精神(こころ)に変化は訪れなかったのです。貴族には貴族の素質というものが備わるものです。永きを閲し、民を統治し、時に残酷な仕打ちさえ平然と――わたしは得られなかった。貴族の体に人間(ひと)の心が閉じ込められたようで、いつでも苦痛に苛まれるようでした」
 積年の心情を吐露する夫人の目には涙が浮かんでいた。それは彼女の苦悶の歳月を反映するかように、血の色をしていた。
 「人の心を持ちながら、その心を胸に秘め、冷酷なふりをし、人間を虫けらのように扱うこと。夜ごと棺に横たわり、人の生き血を吸うなど、狂気にとり憑かれてもおかしくはなかった。それでも堪えてきたのです――伯爵を愛する一心で、彼と同じになろうと努めてまいりました。けれど人の心を持つが故に、わたしは人として貴族である伯爵を慕い、人として愛されることを求めてきました。それで海に手紙を託したのです、ミノには届かない海流を使って。――もう忘れてしまっていたけれど、今になってあなたの手に渡るなんて、因果なものね」
 ふと微笑んで肩を竦める仕種に、人間の少女の面影が揺れた。
 「伯爵は私の血から採取したDNAを基に処置を施すことで、同じような性質を有する人間を生み出すことに成功しました。わたしには、わたしと同じように貴族を慕う仲間ができたのよ。彼らや彼女たちが喜んで貴族にもらわれていくこと、それだけがわたしの慰めでした。夜ごと貴族の来訪を待ち望むこと――それは熱い血の通う人間にしか得られない幸福なのです。貴族となったわたしには、もう望めないこと……それがどんなに辛いことか、ハンターのあなたには分からないでしょうね」
 尾を引いて頬を伝う赤い滴を袖口で拭う夫人にDは言った。
 「依頼主は見つかった。望むなら仕事は引き受ける。だが貴族から受ける依頼の報酬は、依頼主の命だ」
 「ああ、それなら――それなら喜んで捧げますわ、このエイラルの命を」
 夫人の指の合図でアンドロイド従者が進み出て、手にしたDの長剣と武器を差し出した。
 「あの人を、エルマイヤー伯爵を滅ぼして下さいませ……その毒牙に魅入られたラリアを救うために」
 「承知した」
 Dは長剣を受け取った。契約は成立したのだ。
 武器を装着してエレベーターに向かいかけるDを、頭上から呼び止める声があった。ホールを取り囲むバルコニーの一端に立つセレナスであった。
 「伯爵の連絡を受けて来た。義父(ちちおや)だからな――恩もある。命を狙われるのならば、守るのが息子の務めではないか」
 セレナスは弦月の弧を備えた弩を携えていた。装填されているのは矢ではなく細身の杭である。
 「君の指摘した通り、確かに私はハンターだ。ただし私が狩るのは人間だ。夫妻の命によって、私は引き取られた院生の追跡調査も行なっている。彼らは皆、人として貴族に仕えることを誇りとしている――それが叶わぬ時、私が遣わされる。貴族の口づけによって彼らが人間としての生を終えた時、引き取り手である貴族は、或いは院生自らが、その心臓に楔を打つと誓いを立てている。時にどちらも成されぬことがある。私は彼らに代わって誓約を成就させるのだ」
 人間の殺傷に杭打ち銃を使用するのは皮肉に他ならないが、心臓を打ち抜く他に貴族と化した者を救う手立てはない。
 セレナスは弩の狙いを地上に定めた。杭の軌道の先には、抜き放った一刀を手に振り向くDがいた。
 「君は貴族を貴族であるが故に滅ぼす。私は人を人たらしめるべく殺める――私は何者をも滅ぼさぬ。死の尊厳を讃えて、人には殺す(キル)と当てるのでな。――今一度訊ねよう、Dよ。ダンピールは死ぬのか? 滅ぶのか?」
 ホールに響き渡る天上の竪琴(ハープ)の弦音と共に放たれた杭は、Dが掲げた剣に割られて左右に弾けた。月光を断ち切ったように、まるで手応えがなかった。
 「飛び道具を使うのは、卑怯とは思ってくれるな。私は刀剣の類はどうも苦手なのだ。この弩は、島の地下に眠っていた古代遺跡より発掘された〈小天使の弓〉に手を加えたものだ。天使が番えたという金の矢と鉛の矢は発見されなかったというが――何を番えても射られた者に痛覚を生じさせないのだ」
 竪琴を掻き鳴らしたような音が鳴り響いた。如何に次の杭を装填しているのか、弦音の数だけ連射された白木の楔は、地上のD目掛けて音もなく飛来した。
 光が流れて杭が打ち落とされても、刀身に伝わるのは空を切る感触のみ。外れた数本が大理石の床に突き立ったが、こちらも吸い込まれたかのように衝撃を伝えない。
 次の連射が放たれる前に、ホールの壁際に並んで控えていたアンドロイド従者が一斉に前進を開始した。伯爵に指令を受けたものか、手に手に武器を携えている。
 斧を、鎚鉾を、剣を振りかざしてDを取り囲んだアンドロイドが金属片と化して散らばるまでに五秒とかからなかった。その間にもDは、気配もなく襲来する杭を次々と打ち落としている。
 切り落としたアンドロイドの腕に組み込まれていた機関銃の攻撃を避け、やや身を屈めたままバルコニーを振り仰いだDの背後に違和感が生じた。杭の一本が背に突き立ち、別の一本がコートの裾を地に打ち止めていた。射出された杭の軌道は直線に非ず――ただし軌道の修正は射手の技量ではなく、弩の性能か杭の形状によるものだろう。
 痛覚を伴わず食い込んだ杭を薙ぎ払い、体勢を立て直すDに向けて、セレナスはここぞとばかりに集中射撃を浴びせかけた。高低差で確実に有利であったバルコニーからフロアに飛び降りたのは完全な誤算だった。
 「貴族が箱入りとは知っておったが、温室育ちというのも困りものじゃな」
 呆れた嗄れ声が呟いた。Dは幻影のような杭を断ち切る合間に白木の針を放った。セレナスが着地すると同時に歪んだ音が弾け、断たれた弩の弦がその頬を打った。
 「あ――!?」
 額まで裂傷を刻みつけた顔を上げた時、すでに目前に迫っているDの刀身は、セレナスの胸を貫いていた――絶妙に急所を外して。
 地に片膝をついたセレナスは、無事だった左目でDを見上げた。
 「なぜ……殺さない?」
 「おまえは‘死ぬ’らしいな」
 Dの言葉に、セレナスはっとして口を噤んだ。
 「おまえも急所は狙わなかった――それとも、狙えなかったか」
 彼が心臓を外して杭を射出していたことを、Dは知っていたのだ。
 「嘲笑(わら)うがいい。君を前にして怖気づいたのだ。私は夫妻の希望のもと貴族になろうと努めて来たが、ついぞ人間(ひと)の心を克服するには至らなかった。だが、義父(ちち)を裏切るつもりはない……」
 重心の覚束ないまま立ち上がったセレナスの手には、短剣が握られていた。それが装飾用の鈍(なまくら)ではなかったとしても、勝算がないのは明らかだった。
 「――もうよい、セレナス」
 エレベーターの扉が開いて声が制止した。
 「義理の息子など赤の他人に過ぎぬ。それなのに――」
 車椅子の轍は、Dとセレナスの前で止まった。
 「おまえが目の前で滅ぶのを見たくないのだ。エイラルの――いや、ラリアの血を口にした時から、私も変わったのだろう」
 エルマイヤー伯爵はホールを見渡した。夫人の姿はない。
 「妻は貴族となってからも、人間(ひと)として私に愛されることを望んでいた。しかし情愛など知り得ぬが故の貴族――たとえ人間が貴族を愛せたとしても、貴族が人間のように人を愛せるはずがない。ましてや変わってしまった私が、妻の望みを叶えることなど不可能だったのだ。――この島は、エイラルが貴族に愛されることを夢見る迷宮に過ぎなかったのだよ……」
 伯爵の身体を構成するメカニズムの間を縫って、Dの刀身はそれだけは生身であったらしい心臓を貫いた。瞬く間にその輪郭は崩れ、金属の塊と僅かな塵とが車椅子の上に残された。
 物陰で成行きを見守っていた夫人が姿を現し、夫の遺骸ではなく、その隣で呆然と立ち竦む息子へと駆け寄った。
 「セレナス……よかった、無事だった……」
 「義母(はは)よ、まさか――」
 セレナスは戸惑いの表情を夫人に向けた。
 「追わせてちょうだい。悔いはないの――あのひともそうだったでしょう。わたくしたちにはあなたがいます。彼の技術と、私の血を継いだあなたが――」
 夫人は主を失った車椅子を見下ろした。
 「あのひとは貴族で、わたくしは人間だった。あなたは貴族にも人間にもなれる。お嫁さんでももらって、あなたらしく生きるのよ。どうか約束して、Dには手を出さないと。――そしてD、どうかセレナスは……」
 振り向く夫人に、一刀を手にしたままのDは言った。
 「依頼は受けていない」
 「よかった。ありがとう……いらして」
 息子の頬に唇を寄せてから、夫人はDを伴って脇の部屋へと消えた。
 セレナスは月影と静寂の満ちるホールに一人取り残された。
 やがて庭園に続く奥の扉が開き、顔を覗かせた少女がその背中に声をかけた。セットされた巻き毛には、白い花のあしらわれたリボン――リラだった。
 「セレナス様、こちらにいらしたの? ずっと一人で探し回っていたのよ――」
 振り向いたセレナスの顔の傷はほぼ完治していた。
 「もうすぐ舞踏会のリハーサルが始まるのに、伯爵と夫人の姿が見えないの……」
 喉元のチョーカーが、やけに魅力的に映った。失った血は補わなければなるまい。

7.明日をつむぐもの

 Dがホールに戻ると、すでにそこは無人だった。
 月光だけが音もなく降り注ぐ庭園から舞踏会館へ向かうと、入り口の大階段に一人の少年が顔を伏せて座り込んでいた。
 ダイは肩を震わせてすすり泣いていた。首に巻いていたはずのスカーフを握り締めて。
 少年には構わず階段を上り、Dは厳かな光と音楽に彩られた会館へと足を踏み入れた。
 舞踏会のリハーサルが始まっていた。ダンスフロアでは院生たちが二人ずつ組になり、アンドロイドの楽団の演奏に合わせてステップを確かめ合っている。
 壁際に佇んでいた薄紫色のドレスの少女が、客人の姿を見つけて近づいてきた。
 「昨日のお詫びに、どうか一曲お相手を――」
 軽快なステップで駆け寄るラクーナを、Dは立ち止まることなく受け止め、鮮やかに切り返した。著あおいうしお。二つの姿が離れた時、少女がスカートのひだに隠し持っていた細剣のような刃は、ドレスの鳩尾にはえていた。
 そのまま壁際まで歩き続けたラクーナは、床に倒れ伏して昏倒するように眠りに落ちた。耳元に挿された花は、まだ瑞々しく咲き誇っていた。
 甘美な旋律の繰り返しを経てメヌエットが終わり、ダンスフロアに進み出たアリアドネは、白いドレスの裾を持ち上げ、お辞儀して招待客を迎えた。
 「お待ちしていました」
 Dは差し出された手を取り、少女を腕の中に引き寄せた。優雅な前奏から演奏が始まる――円舞曲(ワルツ)。
 ステップは踏まず、僅かに体を揺らす逞しい胸にアリアドネは頬を寄せた。高鳴る鼓動を抑えて、ひとときの幸福をかみ締める。
 これまでに島を訪れた客人の中で、誰よりも特別な一人を独占している。それなのに、隔絶された孤高の気配が、彼が自分とは無縁のひとであると、重ねた指を通して伝えてくる。胸に募るのは痛切な感情ばかり――運命の糸はここにもないのだ。
 「見えない糸で明日は紡げまい」
 耳元に聞こえた声に、ふとアリアドネは顔を上げた。
 「糸毬(いとだま)は、まだこの手に握られている。――結ぶも断ち切るも、君次第だ」
 曲はたけなわを迎え、そしてあっけなく終わった。
 次の演奏が始まっても、少女はDが触れた手を握り締めたまま、彼が去っていった方向を見つめ続けていた。ホールの扉は世界へと開け放たれていた。

 舞踏会館を後にしたDはエントランス・ホールを通り抜けて移動歩道を下り、船着場へと向かった。満月は明日のはずだが、星を散りばめた晴夜から惜しみなく降り注ぐ月明かりは、海原を揺らめく銀の野へと変えていた。
 小舟は係留した時のまま波に揺られていた。桟橋を進むと、波止場にセレナスが現れた。
 「客人の見送りに来た。院は私が引き継ごう、夫妻の遺志を継いで。明日は大勢の客が来る――忙しくなるな」
 Dはロープを外して乗船し、見送り人を振り返った。
 「義母(はは)の望みを叶えてもらったこと、感謝する。君なら客としていつでも歓迎しよう。今度は目ぼしい院生を見つけて引き取ってもらいたい」
 帽子の鍔に軽く手を当ててから、Dは原動機を始動させた。
 黒衣の客人を見送る白い影は、月とランタンの明かりに囲まれて、いつまでもそこに佇んでいた。

 船が沖合いに到達する頃、背後から押し寄せた衝撃波が小舟を襲い、若干遅れて爆発音が轟いた。
 暴れる小舟を制御しつつDが振り返ると、海が燃えていた。ラブルス島が炎上しているのだ。
 爆発物によるものだろう。伯爵か夫人によって予めセットされていたのであろうか。夫妻の滅亡を憂いた院生による、院を巻き添えにしての後追い自殺だろうか。早くも院長の不在を察知した反対派による襲撃かもしれない。
 セレナスは、院生たちは無事だろうか――わからない。
 「行かんのか」
 左手の問いも虚しく、島は次第に遠ざかってゆく。炎に閉ざされた闇に、ふたつの血の通う迷宮を隠しながら。
 燃える水平線の向こう、遥か東の空に明けの兆しはない。
 「――わしは時折、成功例などまやかしに過ぎなかったのではないかと思うぞ」
 左手が呟いた。
 望月を燻べる黒煙の陰りに、暗く沈んだDの表情は見えなかった。

あとがき  もともと[貴族グレイランサー]2巻で卿が人間に向けた台詞「他国の村では、おまえたちのような娘を育成するための施設があるという」から色々と妄想していたわけなのですが、ここに[魔界都市ブルース]の短編〈L伯爵の舞踏会〉の「素質」というキーワードが融合してできた物語。さらに混血ということでミノタウルスの神話を織り交ぜつつ、そういえば糸が鍵だったなと。せつらは踊ってくれなかったので、せめてDには踊ってもらいたいとこの展開。例によってアクション味は薄め。

 先生もどこかの巻の後書きで言及していたように、Dが人間側について貴族を狩っているのとは逆に、貴族側について人間を狩るダンピールがいてもいい訳で、プライドは高いけどヘタレなセレナスが誕生。すごいヘリクツを捏ねる。テーマは人間×貴族の禁断の愛ということで、せっかくなので武器も愛の神エロース=天使キューピッドの弓というとんでもない設定…ぜんぜん使いこなせてないし。しかしどう足掻いてもすれ違うんだな…どうにかしてよ御神祖様(T_T)

 一通り書き終えてからリラ(Lyra=竪琴)というキャラ名が原作で既に使用されていたことが判明。ルテ(Lute=リュート)に改名しようかとも考えましたが、どうもしっくりこないのでスペル違いということでお許し下さい。謎生物もウシ的な怪物にしようか迷ったけど、島だし海だしやっぱり触手だよね、ということでマリリンだけがDとの濃厚なスキンシップを叶えた物語でした。ウミウシでも良かったかな…。

Info 2024.9.09 / 約35,000字